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Friday, June 12, 2009

抑うつと肩こり

昔、同じクリニックで同僚だった精神科医のmさんが東京に戻ってきたので、10年ぶりに会ってランチしたよ。彼女も優子のことは知っていて、
たいへんですね~
と言ってくれるんだ。
t) いやあ、2ヶ月を過ぎたくらいから、表面上はもう大丈夫だけど、その後はプラトー状態というか、心の中は相変わらず重いものを引きずっていますよ。
m) きっと何年もかかりますよね~。でも、とても元気そうなので良かった!
t) そう。表面はいくらでも元気にできるんですよ。むしろ、逆に元気すぎるというか、hypo-manicな状態(pseudo-activeというか)が続いていて、心の痛みとの解離に苦しんでるんですよ。こういうのは、いつか落ち込むんでしょうね、きっと。

mさんも小学生と中学生の母親、僕と同じ年代だ。彼女は、そのうちいつか落ち込むだろうというんだ。子どもが巣立った後の空の巣(empty nest)症候群か、あるいは更年期の時期になるか、別に今そうなる要因を秘めているわけではなく、だれでもが経験する通常のライフサイクルの一部として、落ち込む時期が必ず来るだろうって。

確かに精神科医ってそういう考え方するよね。僕もそう思う。うつは特殊な、一部の心の弱い人がかかる病気ではなく、だれでもがごく普通に経験すること。その大きさが人によって違い、ある程度大きくなった人が生活上の支障を来し、臨床的な問題になり病院を訪ねるだけという。

そういう意味じゃあ、僕が置かれた状況は、うつになって当然。落ち込まない方がおかしいんだよ。今はどうにか保てていても、delayed reaction(遅延反応)として、そのうちきっとやってくるよ、みたいな。

そうだよ、今までの僕は過剰適応というか、反動形成的にhyper-activeに走り続けている。
仕事して、父親役をやって、毎朝お弁当作って。
1月以降、かなり仕事を整理して辞めたりしたんだけど、年度が変わり、新しいプロジェクトにも手を出してしまったし。
それに、こうやってブログを書き続けて。

過剰適応は、いつか必ず破たんするバブル経済みたいなもんだ。精神科医的には、そんなもの早めに破たんさせて、一旦落ち込んでからでないと、治療はその先に進まないんだ。等身大のサイズに縮めてから、本当の適応へ、時間をかけて歩んでいく。いつまでも突っ張っていたら、現実に戻れない。

でも、突っ張らずにはいられない。一度、走るのをやめてしまったら、もう動けなくなってしまうのではという恐怖感があるのかな。無理せず、自分の気持ちに正直に行動出来たらどんなに楽だろう!?
抑うつ=悲嘆に暮れて意欲が低下する。夜、眠れず、朝起きれなくなり、仕事に行けず、何もやる気がしない。食欲も低下し、痩せてしまう。
仕事もサボって家に閉じこもり、周りからは一見楽そうに見えても、本人にとってどんなに辛いかということは、多くの患者さんたちが体験している。そうなるくらいなら、今みたいに心のサイドブレーキを焼き切らせながら無理やり走っていた方がまだマシと考えてしまう。

t) でもね。僕はこれからも抑うつ状態にはならないんじゃないかと思うんですよ。mさん、肩が凝ったりします?
m) よく凝りますよ。
t) 僕は、肩こりってどういう感覚なのかよくわからないんですよ。優子はよく肩が凝っていたからどんな感じなの、と尋ねたりしてね。肩のあたりが重く疲れた感じ?運動した後、手や足の筋肉が重く疲れるのは経験するけど、特に肩の部分がそうなるってわからないんですよ。温泉旅館なんかでマッサージを頼むと、営業的に「お客さん、凝ってますね」とか言われるんだけど、それでもよくわからない。
m) ガイジンみたいですねえ。
t) もしかしたら、僕にとって抑うつも肩こりみたいなんじゃないかなと思って。今でも、凝っているけど、それに気づいていないだけ。でもまあ、気づかなくて、生活に支障がなければ問題ないのかな。

あるいは、そのうち問題が出てくるのかな?

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