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Monday, December 31, 2012

大晦日

例年、大晦日の晩は定番の手巻き寿司にスパークリングワインを飲んだくれ、紅白の最後も年越しそばも逃して寝てしまう。今年も手巻き寿司だがドライにした。娘は友だちと年を越すと出かけ、息子たちは紅白と録画した「ガキの使い」を交互に見ている。

酔えば気持ち良いけど、なにもできなくなるのでもったいない。昨日も親戚が集まり昼間から飲み、明日の元日も飲むだろう。今日ぐらいはドライにしておこう。

ここに書く頻度が下がってきたということは良いことなのだろう。でも「卒業」はしたくない。いつまでもブログを大切に書き続けていたい。優子に関する記事はあまり書けなくなってきた。でもいろいろ書きたいことはある。あと書く場所もいろいろある。こちらのprivate blogと、official blog、それにFacebookやTwitter。どこに何を書いたらよいか、どう使い分けるかまだよくわからない。とりあえずここに書いてから編集することにしよう。

ふだんのルーチンワークから解放される年末年始。
年賀状を書いて、大掃除をして、買い物をして、、、
年末年始のやるべきことを済ませたら、けっこうヒマ。(になるはずだったが、大掃除が終わらず、ヒマではなかったが)
書かねばならない原稿はたくさんあるし、本も読みたいし、、、
ヒマな時だからこそ出来ることはたくさんあるのだけど、それはひとまず置いておいて(と言って結局やらない)、心をemptyにして1年間を振り返る。
この1年は私にとって何だったんだろう?

今、大切な人を見送ろうとしている。中学時代の恩師の吉澤先生。詳しくは別に書いたが、病気の進行が予想を超えて早く緩和病棟で「その時」を迎えようとしている。私の家族ではない。しかし、私のライフサイクルの中でとても大切な人だ。そういう人を失っていく。私の愛着はどうなったんだろう?

子どもたちの成長:
ちゅけは巣立った。でも今は帰省している。元旦には札幌に戻るという。
次はいつ帰るんだ?
2月の後半。
そうだな授業も終わるし。まあ、割と頻繁に帰るよな。別れを惜しむほどでもない。
昨日、親戚に久しぶりに会ったらじんの成長ぶりに驚いていた。そう、どんどん成長する年代だね。

優子を失いもうすぐ4年。喪失の痛みと再建についてシンガポールでしゃべった。
再建、、、どう自分の愛着を再建していくのだろう。生田のおばあちゃん曰く、まだ若いのだから、そのうちいい人を見つけて、、、」
いやあ、、、息子たちは関心もないのだけど、祐馬のチェックが厳しくて、、、「パパ、どこに行くの?だれと会うの?」みたいなチェックが入る。ウイークデーは酒は飲まないと宣言してしまったもので、つい缶ビールを冷蔵庫から取り出すと祐馬に取り上げられるんですよ。
そう、子どもたちは一番の愛着対象だ。でも僕自身はどうなるんだろう?まだ若いのか、もう若くはないのかよくわからない。封筒のノリしろみたい。若い頃は粘着力がちゃんとあった。重ねただけでしっかりひっつくことができる。それを無理に引っぱがされてしまった。もう一度、新たな対象と封をしたくとも粘着力がなかなかうまくいかない。

もっとも年のせいだけではない。若い頃だって同じだろう。みんな悩み、迷いながら試行錯誤している。パートナー(愛着対象)を求め、ひきこもりの人たちは社会への適応を求め。みんな自分の居場所を求めているんだ。ドメスティックな居場所、そしてパブリックな居場所を。得てしまえば自明のことでも、得ようとするプロセスはそう簡単でもないはずだ。

今年の海外は5回だった。
3月にVancouver、IFTAに参加。Davidとふたりでいつもやってるinternational case consultationを発表した。
5月にSan Francisco。AFTAでは何も発表しなかった。仲間との再会・交流がメイン。
8月にソウル、日韓の会議にコメンテーターとして参加した。学会の国際交流委員長として交流するのが仕事。来年は日本の当番。北海道でやろうか!
10月に台北を二往復。SVのトレーニングと、国際患者をひとりみて、大学で講義して、旧交を温めて、急がしい出張であった。
12月にKuala LumpurとSingapore。KLでは6人の仲間でconsultation合宿。SingaporeではHong Kong, Tokyoに続けて三回目のCIFA。大会場でPlenary session。

確かに、海外での交流は確かなものが得られた。
学会で原稿なしで発表できるんですか?
若い頃と、年配になってからの差。
英語でも原稿なしでできるって?そりゃあそうなんですよ。まあそう出来る人は確かに少ないかもしれないけど、それは日本の特殊事情ですよ。アジアの学会でも、Hong Kong、Singaporeの人はごく普通に。韓国、台湾あたりだって、professional level、つまり大学教員とか学会で中心になってがんばっているくらいの人たちなら、ふつうに英語を使ってますよ。日本くらいですね、そうできないのって。

海外でしゃべったほうがむしろ楽。日本では「当たり前」でしゃべる意味もないようなことを、海外では堂々としゃべることができる。

、、、ダメだ、もう眠くなった。