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Friday, February 24, 2012

原風景再訪

優子とも話したりしてたんですよ。
でも、子どもは伸びる力を持ってると思います。
あの多感な祐麻がここまでやってこれたのも〇〇さんがいてくれたおかげです。

このメールを送った後、おかしくなっちゃったんだよね。
そのことが頭から離れない。
おかしくなったわけじゃない。平常心が失われたのかな。
優子のことを思い出したから?
今さらそんな単純な話ではない。それだけじゃないだろう。

人は原風景を持っている。それが自分の起源。そこから自分が派生してきた。
そこと現在が繋がっている。そりゃそうだろ、大いに影響しているはずさ。
自分がだれと繋がっているか。
どう繋がっているか。
それは安心できる、信頼できる関係か。原体験のつながりが安全だと、その基盤から出てくるその後の繋がりも、その相似形となっていく。それの繰り返しなんだよね。
安全に、受け入れてくれる他者。それによって人は生きている。
それがちぎれたら、それを取り戻そうとする。
母親という最も重要な他者(自分の生命の由来)を失った子どもに対する不安。
それを補ってくれる人がいる安心感が、父親としての不安を解放してくれる。

期せずして原風景を訪ねちゃったんだ。
後でメールしても良かったんだけど、返事しておかなくちゃ一日が始まらないと感じて、朝一番に片づけてしまった。
優子とふたりで子どもたちを育てた原体験。そこに埋め込まれた保育園仲間の記憶。

過去を変えることはできない。体験の上に記憶を上塗りするしかない。
安全を確保した現在から、過去の辛かった記憶を再訪し、新たなversionの意味づけを上塗りしていく。
覆い隠すわけじゃない。下地があってこそ、上塗りが映えるんだ。漆みたいに何度も塗りなおしていく。

「心の痛みに向き合う勇気」
すごい言葉ですね!!
なかなか向き合うまでが大変かと思いました。

そうですよ。私は仕事柄慣れていても、ひとりではできない。それを見守る他者が必要です。
保育園仲間の縁で呼ばれた保護者向け講演会でも、つい自分の体験をしゃべっちゃうんですよ。
もちろんみなさんが参考してくれれば嬉しいのですけど。

Friday, February 17, 2012

Extrovert族のリア充(つぶやき)

ふう!、、、くたびれた。
さすがに夜の研修3時間はくたびれる。
参加者だって疲れるだろうなあ。実習中心だし。

でも、なんだかんだ言ってリア充かもしれない。
クライエントは昨日はひとり、今日もひとり。何となくうまくいった。自信喪失からは回復したかな。
まだ少なく経営的には成り立っていないが、今後の希望的見通しは捨てていない。
昨日の午後は講演会。夜は懇親会。
今日の午前は「つぶやき相談」を考えながらネットで交流。
午後は患者さん、夜は研修、帰ってきたら子どもたちがいる。
リアル/バーチャルを問わず、人と交わっていればエンパワーされるのね、あなたは。
最近、バーチャルの場が増えて、Facebook、Twitter、ブログ、メール、、、忙しいよ。多重的な関係性。
辛さ・悲しさの量は変わらなくても、自分を投影する他者がいれば救われる。
そこから来てるんだろうな、「つぶやき相談」の発想は。言葉の内容は何でも良い。つぶやきでも、ためいきでも。それを受け止めてくれる人=意味は分からなくても関心を持ってくれる他者=がいれば良い。それも多ければ多いほど良い。Extrovertの典型的な発想でしょ、それは。
まあ、そうかもしれない。Introvertたちは、もともといのちの電話にコンタクトしたり、カウンセリングにやってきたりはしないんじゃない?
ということは、私はExtrovert族の世界で生きているんだ。だからintrovertの優子とは住む世界がちと違っていたんだ、きっと。
それで良いんだけどね。夫婦の住む世界が完全に一致したら、かえって窮屈でしょ。多少ずれていた方が風通しが良い。

(On second thought)
> Introvertたちは、もともといのちの電話にコンタクトしたり、
> カウンセリングにやってきたりはしないんじゃない?

そんなことないか!
Introvertsは一対一の深い内省的な交流を好む。精神分析みたいな。
Extrovertsは表面的でもよいから広い交流を好む。
家族療法や「つぶやき相談」の発想はこっちだね。
グループ療法も同じく。
明日の土曜日はテニスをつぶしてグループが始まるが、それほど苦にならない。エンパワーされる参加者たちを見て、オレもエンパワーされる。

編集者から催促の電話が来た。
ヤバい! まだ書いてません。すんません。
オレがIntrovertだったら、もっと執筆に内向できるだろうになあ。
本を書くのは苦手だよ。残念。

Friday, February 10, 2012

自信喪失体験

このネタ、下書きのままでなかなかアップできなかった。

いやあ、難しいクライエントだった。
始めからそのことは予期できたはずで、SVでもそう言われたけど、そのときは希望を持っていた。きっとうまくいくだろうという根拠のない自信を持っていた。
もちろん、30年かけて根拠もevidenceもたくさん作ってきましたよ。だからと言って、それが万全であるはずもない。
うまくいってると思っていたときは、うまくいかないことなんて想像しないが、いざうまくいかなくなったら、警告されていたことがやっと入ってくる。
うまくいかないクライエントなんてたくさんいるけど、今回はひどかったなあ。本人が良くならないことを親からメタメタに責められて。そういう親だから子どもがこうなるんだよと責めたところで、親と同じ、責任を転嫁してるだけで問題解決にはならない。

ふだんは自信があったんだろうな。それがdefault状態だから気づかない。
精神科臨床は仮説の集まり。絶対的な真実はなく、相対的・主観的真実を扱うわけだから、自分のやり方が正しいか正しくないかなんて究極的にはわからない。でも、自分自身に正しいフリをさせて、根拠のない自信が自分を前に進めてきた。

しばらく診療がうまくいかない。はっきり伝えられないんだよね。これで良いんだろうかと、いちいち立ち止まって考え込んでしまう。

普段の僕は自信のガソリンで前に進んでいる。それがちょっと不足しただけでこんなに辛くなんるだよなあ。

患者さんたちも、いろんな種類のガス欠状態だ。
そりゃ辛いよ。
前に進めないよね。

Wednesday, February 8, 2012

またまた草津温泉

あっ、ヒゲ剃ってくるのを忘れた。


月曜日は定休日なので大学やら都やらいろいろ仕事にかり出されるのだけど、今日はオフ。明日も相談予約は午後から。別荘に置いてある祐馬のスキー道具を取りに行くという口実の草津温泉。この時期は最高のスキーコンディションなんだけど、スキーは今週末するからいいや。Mac Bookを持ち込んで旅館に缶詰。締め切りを過ぎた原稿書きだよ!と言いつつも温泉を楽しむ。頭脳はフル回転で、身体はリラックスモード。宿は定番の松村屋だ。つい12月にも一人で来たから、宿のおっさん覚えてるかな。夕食は旅館メシをやめて、温泉街のイタリアン。けっこう流行っているのかな、最近もっと良い場所に移転してから行ってないので様子を見に行こう。

JRのレール&レンタカー。長野原草津口で車に乗り換えるのが常套だろうけど、今回はあえて高崎にした。高崎までは電車の本数が多いから、時間を気にせずふらっと行ける。行きは新幹線をやめて、あえて鈍行の普通電車にしたんだよね。新幹線だと1時間弱、普通電車だと2時間かかるけど、その間、こうやって仕事ができるんだ。グリーン券がレンタカー割引で850円。新幹線特急券は2400円だから、よっぽど安いでしょ。しかも車内はがら空きで、仕事に集中できる。
というわけで、こんなこと書いてるヒマないんだ。原稿に集中しろ!

しかし松村屋のダンナは相当無愛想だね。平日で番頭さんがいないのか、ダンナが部屋に案内したってそっけないこと。お風呂が最高のここを定宿にするためには、最近の意味がなく丁寧すぎる仲居さんの過剰な愛想に対抗した逆説的なウリと肯定的に捉えるしかないけど。
平日は静かだ。他には客がいないみたい。いつお風呂に行っても貸し切り状態だからね。静かにゆっくり熱い風呂に浸かる。

Tuesday, February 7, 2012

続エンディングノート

ドキュメンタリー映画だとは聴いていましたが、実在の方が癌になられ、痩せてやつれて最後は家族に見守られながら亡くなっていくところまで、あんなに現実をシビアに映画化したものだとは思ってなかったです。病とはこんなにも人に待つ時間を与えることなく強引に死に引きずり込む」ものなのかということを目の当たりにし、現実をしっかり見せられた気がします。


私はこの三年間、二人称の死にずいぶん向き合ってきましたが、それ以前から一人称の死についてもそれなりに向き合ってきたつもりです。いつそれが近づいてくるか一抹の不安はありながらも、まだ「遠い先」とのんびり構えています。優子のようにポックリいく手もありますが、いつか近づいてくるのでしょう。
いろいろな悲しみや不安に「向き合う」ことを良しとして支援してきたつもりですけど、一人称の死と向き合うのはとりわけ辛いですね。でもその辛さを受け止めていると、限られた生の時間の意味にも必然的に向き合えるように思います。
この気持ちの辛さはどうしようもなく、唯一緩和できるのはその気持ちをを受け止めてくれる親密な人との交流でしょうか。映画の中で、子どもたちを病室から追い出し、夫婦で交わされた会話のシーンが一番印象に残っています。もっとも、ビデオカメラを残して盗撮された場面の上映を許可したお母さんの太っ腹もたいしたものだと思いますが。
精神科医のトレーニングの中で、自分の気持ちと向き合う術を学び、それを臨床でも生かしてきました。若い頃思春期を専門にしていたある先輩は、晩年ターミナルの心のケアをやっていました。人生の第4コーナーはゴールが見えてきて、今までを振り返ることができるチャンスですね。私も今後、そちらの方面に興味をシフトしていこうかとも考えています。

先生とこんな話ができるのは、私にとって貴重なことです。


私も同じ、最後の夫婦の会話が一番こころに染みました。Tikiさんはこのような時間がなかったのでより辛い時を過ごされたと思います。私も今からもう一度関係を大切にしながら過ごそうと思っています。


そうですね。最後の会話を残す間もなく、素早く逝っちゃいましたから。
しかたなく、あれが最後の会話だったんじゃないかと自分で創り出して、自分の気持ちの整理をつけてきたと思います。
最後となったふたりの韓国旅行。
亡くなるまえの月に突然優子が「Tikiと一緒になってホント良かったのよ。」と言ったこと。
ブログのどこかに書いたけど、今その場所が見つからない。


自分の死と向き合うってそういうことなのかもしれませんね。
最後に、伝えたい言葉は何?
誰に伝えたいの?
それは、あなたの人生にとってどれほど大切だったの?
大切な人との関係性の中で、自分の人生に意味を見出して、closureにもってゆけるのかな。


ということは、次の瞬間大津波が押し寄せるか人工衛星が落ちてきて、これが最後の会話になるかもしれないと思えば、大切なはずの人をホントに大切にできるのかもしれませんね。
まだ先があると思うから、戦略上、本音は見せられないもの。
見せてしまったら、自分の立場が弱くなりますからね。

Friday, February 3, 2012

3年1ヶ月

いつまで月命日を数えてるんだ!?

今日は、仕事関係のお葬式に参列した。
昔、お世話になったじゃん!?
なのに、その時の仲間はほとんど来ていない。そんなものかよ!?
まあ、平日の昼間なら仕方がないか。俺はたまたま都合をつけられたけど。
こんな程度なの?結構活躍した人なのに。
78歳なら、悲しくても、それほど痛くはない?
18歳は、親が愛した身体の一部が引きちぎられる痛みだ。
45歳だったらどうなの?

なんか、一度喪主席に座ったからって、葬式のプロみたいな顔をして、評論家気取りだね。

夫にとって、カップリングした身体の一部を喪失した痛みだってことは、くどいほど繰り返してきた。
子どもたちにとっても身体の一部だったはずだ。彼らにとって、母親を亡くすとはどういう体験だったんだろう?

セオリーからいけば、乳幼児期に親からの無条件の愛と承認によって、この世が安全だ、生きていてOKだという基本的信頼感を与えられる。その対象がいなくなっちゃうって、愛着障害attachment disorderなの?
学童期から思春期へ。他者と出会い、傷つき、それを修復してゆく経験によって自信を獲得していく。それと共に、自然に親を必要としなくなり、親を乗り越え、親を捨てさる。古い角質化した皮膚が自然と剥がれ落ちるように、子どもの成長のペースの中で親は自然に剥がれ落ちていく。子どもの準備が整っていないうちに急に居なくなってはいけない。

子どもたちの痛みはどうだったんだろう?
そして、今はどれほど回復しているんだろう?
少なくとも、表面的には元気だよね。
身体的、心理的にはOKだ。前向きに頑張っている。
でも、心の内面まではわからない。
娘は、まだわかりやすい。感情をストレートに表現してくれるから。
息子たちはぜんぜんわからない。おまえらどうなんだ?
小4で母を失ったじんは、いまだに自分のベッドを使わず、祖父母の畳の部屋で寝ている。じじばばがattachment figuresなの?それとも、じじばばのことを気遣ってるの?
ゲームしかやらなかったあいつが、最近急に村上春樹を読み始めた。海辺のカフカ1Q84
じん、どこが面白いの?
うーん、感情の表現とか、想像するのが面白いんだ。
感情が途切れないから飽きないんだ。

あいつ、村上春樹ばっかりじゃん。
僕は全然わからなかったけど。

おまえらが9歳、12歳、14歳だったからなあ。
思春期の成長プロセスで、親は絶対的な存在から相対的な存在へと、自然と矮小化していく。傷つき、幼児的万能感(自己愛)の世界から、人と折り合う世界へ引きずりおろされ、社会性を獲得していく。外傷体験のタイミングが早すぎると愛着障害を残し、適当だと自立への拍車となる。遅すぎるとひきこもりになる。

ちゅけは既に自立へのプロセスが始まっていたよな。
祐馬は、ママの死によって大人への扉がバタンと開いた感じかな。びっくりしたけど、それなりに付いていけているよな。
じんがどうなのかわからない。まだ子どもの世界にいて、自立は始まっていなかったよな。この3年間、ずっとその調子かと思っていたけど、ホント(内面)はそうでもなかったの?成長してるの?

母親の喪失を、肯定的な傷と捉えていいのだろうか?
そう見えるだけで、ホントはまだ閉ざされた傷を内面に抱えてるの?
傷が悪いわけじゃあない。むしろ良いこと(のはず)なんだ。
それが見えないから心配しているだけで、ホントは心配してないから。
村上春樹の青春三部作でも読もうかな。五木寛之は青春の頃読んだけど。