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Monday, September 1, 2014

I need to be in love.

The hardest thing I've ever done is keep believing
There's someone in this crazy world for me
The way that people come and go through temporary lives
My chance could come and I might never know

I used to say "No promises Let's keep it simple"
But freedom only helps you say Goodbye
It took a while for me to learn that nothing comes for free
The price I've paid is high enough for me

I know I need to be in love
I know I've wasted too much time
I know I ask perfection of a quite imperfect world
And fool enough to think that's what I'll find

So here I am with pockets full of good intentions
But none of them will comfort me tonight
I'm wide awake at 4am without a friend is sight
Hanging on a hope but I'm alright.......

I know I need to be in love
I know I've wasted too much time
I know I ask perfection of a quite imperfect world
And fool enough to think that's what I'll find

カーペンターズの名曲(懐メロ)。これが邦題「青春の輝き」って全く意味ないでしょ。
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I need to be in love.
この世で、愛がなければ生きていけないんだ。

このことに、やっとこの歳で気づいた。もうすぐ57歳だよ、おやじさん!!
それでも良いじゃないか。何歳になっても、新しいことに気づくことができるなんて素晴らしい。
自分のために、誰かがいる、、、ってことを。

私の場合、それは親から自明に与えられたことだった。
なにも気づく必要もない。そこに当たり前に居てくれるから。だから自分が生まれたんだもの。自分の存在の根拠だった。
親からの盤石な愛着は、十代の頃、友人や恩師へのネットワークに広がった。
部活をやっている時は、仲間が自分のためにいてくれた。
中学の吉澤先生だって、私のことを見ていてくれた。

20代は必死に愛を求めていた。でも、今から考えれば全然わかっていなかった。
本能の赴くまま、当然のこととして、学歴や職業と同じように、当然得るものとして、一生懸命求めていただけなんだ。そこに含まれている意味なんて気づかなった。

多少、試行錯誤した後に優子を得た。それがどんなにラッキーだったかなんてわからなかった。良い大学を得て、良い職業を得て、その延長線上で良い妻を得たくらいにしか思っていなかったのかもしれない。

子どもたちを得た20年間、特に意識せずに愛を分け与えてきた。なにもそれは特別なことではない。自分が経験してきたこと普通に繰り返しただけだ。

そして、優子を失い、年月をかけてパニックを鎮めて、失った現実を受け入れた時、
それまであまりに自明過ぎて見えなかった愛という存在が可視化された。
孤独を回避するために愛があるのではない。もっと積極的な意味がある。
愛こそが、生きている意味なんだよ。

ひとりではない、、、ということ。
もちろん、ひとりではない。私のまわりにはたくさんの人がいる。親だって、子ども達だって。
社会からもたっぷりの承認を得て、私のことをあてにしてくれる人だってたくさんいる。
生きがいに満ちているんじゃないの!?

そう。それは否定できない。
それでも、ひとりなんだ。
ひとりだって生きていける。自分が生きている意味はある。生きていないよりは、生きている方が良いのだろう、とりあえず。

愛は死の対局にあるのかもしれない。
根源的な安心感なのだ。それは幻想に過ぎないことはわかっている。
この世なんで仮の世界、crazy worldだ。
やがて人は死に、自己という存在がなくなる。
なくなるまでの、つかの間の短い人生に意味を持たせるものが愛。根源的な喜びなんだ。
うつろな世の中に、確実な人がいるという驚異。
肌が触れ合い、心が触れ合い、自分のために相手がいる。自分のことをずっと見ていてくれる。
理屈では説明できないが、心の底から安心できる。
もう寂しくなんかない。ひとりでいても、孤独ではない。前に進む勇気を得るんだ。

今までずっと気づかずに体験してきたことが、やっと言葉で説明できるようになった。
そう、愛なんだよ。
愛が人生の基本なんだ。

クライエントに向き合っている時も同様だ。
診察室での1時間は、完全にその人のためにいる。相手が自分のために居てくれるという安心感が、セラピーの基本なんだ。心理学や精神医学の理論では説明できない大切なことにやっと気づいた。
人に愛を分け与えるということの意味が。