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Monday, September 26, 2011

未来予測図

先日、夕食時に、2年前に妻を亡くした友人から突然電話がかかってきた。
今から飲みませんか?
えっ、そりゃ今と言っても食事中だし、、、
わかりました。済みません。

結局、その翌日ふたりで焼き鳥屋で飲んだ。
昨晩は済みませんでした。あの後、〇〇さんにも電話して誘ったけどダメだったんですよ。
そりゃぁそうだろう。
彼は、寂しさをどう克服するか目下の課題みたい。
ある女性の方を紹介してもらったんですけど、心配でしょうがないんですよ、、、
えっ、何が心配なの?
その人にだまされちゃうんじゃないかとか、お金目当てなんじゃないかとか、、、
ふつう、そういうのは女の人が心配するパターンが多いんじゃない?
どれくらいお付き合いしてるの?
今月に入ってから。
えっ、じゃあまだひと月もたってないのね。
いや、それだけじゃなくて子どものこともあるし、仕事のこともあるし、経済的なこともあるし、〇〇もあるし、△△もあるし、、、
正直、いま焦りまくっているんですよ。
いや、オレも同じシチュエーションだからよくわかるけど。
でもこうやってTikiさんに話を聞いてもらえるってホント助かるというか、、、
そうね。私の場合は以前は〇〇だったけど、今は××で、△△で、、、、
だからのぶちゃんも□□という風に考えて、◇◇したら良いんじゃない?

というような経験談やアドバイスはどうでも良かったみたい。
ひとしきり自分のことを話したら、後は世間話というか他の話題に移っていった。

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否定的な体験(悲しみや心的外傷体験)が心のコップに入りこみ、現在が否定的な感情で満たされると、将来のイメージも否定的になってしまう。

希望とは、根拠のない肯定的な未来予測図
絶望とは、根拠がないのに確信する否定的な未来図

未来なんて、天気予報と同じ。スパコンを使ったってぜったい確定できないんですよ。できることは、どういう展望の方向性を持つかということ。
希望と絶望の中間が不安。
不安とは、根拠のない否定的な未来予測図

絶望は、動けなくなってしまう。仕事や学校に行けず、家事もできず、さらに追い込まれれば、うつ病か、死に至ることさえ。

不安状態は希望と絶望の中間状態。そのはざまでもがき、焦りまくっている。
焦りの状態だと、有効打が見つからず、無効な技と知りながらやたらにかけまくって消耗する。それが突拍子もない逸脱行動としてまわりに迷惑をかけたり、自分を追い込んだりする。
怒り、暴力、対人依存(共依存、過保護・過干渉)、依存症(アルコール、薬物、買い物、ギャンブル、セックス)、セクハラ、ストーカー、摂食障害、自傷(リスカ、OD)、、、

じゃあ、どうすればいいの?
抗うつ剤や抗不安薬もある程度は効くが、体内の生化学レベルでの付け焼刃にすぎず、生活体験と思考回路の関連を断ち切ることはできない。

私がこの2年半やってきたこと、そしてそれ以前からプロとしてやってきたことは、体験を語り尽くすこと。
不安・悲しみ・恐怖・焦りなどの感情は、本人の体験に基づく絶対的な信念である。自己にべったり張り付いた信念は、言語を与えていくことによって主観的自己から離れ、お団子状態にまとまって相対化される。そうすれば、不安は選択肢のない未来予測図から、複数の未来予測図のうちのひとつの可能性にすぎないことが見えてくる。否定的な選択肢の他に、もしかしたら肯定的な選択肢も存在するのかもしれないということに気がつく。
少しでも肯定的な未来予測図(=希望)が見え隠れすれば、どんな悲しみにも耐えることができるんですよ。

もっともお団子状態、つまり関連性をキープした筋道のある物語にまとめ上げるのはプロの仕事だったりするのかな。それがなくて、とっちらかったままでしゃべりまくると、そこらじゅう水びたし状態で収拾がつかなくなる場合もあるか。
私も、収拾なく飛び出してくる悲しみをブログに吐き出して、ペタペタお団子状態に丸めてたんだと思う。

のぶちゃん、また飲もうぜ!

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