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Tuesday, October 2, 2012

三人称の死


お通夜に行ってきました。
どうにも気持ちが収まらないので書かせていただくと、、、、

弔問客は長蛇の列。
お焼香の後、中高時代の同級生の方と研究室の学生さんとちょっとお話ししました。
肩が痛くてずっと五十肩だと思っていて、8月に検査入院したときは、すでに全身ガン組織だらけ。原発臓器がどこだかわからない原発不明ガン。
一時期、脳出血も起こしたけど持ち直し、2週間くらい前までは意識もしっかりとしていたとか。
抗がん剤治療を始めようとしても全身状態が悪化して続けられず。
遺族席にはご老親もいらっしゃったそうだけど、お顔を見ることができませんでした。祭壇にはものすごい数の生花。

6月のサンフランシスコの学会では懇親会を抜け出して、ツーショットの「デート」もしたし、7月の打ち上げでは一緒にお酒を飲みました。
高橋規子さんに続き、学会では貴重な女性を失いました。

、、、と事実を並べてみてもどうしようもないんですよね。
何かが見えてくる訳でもない。

知人にたくさん会いました。
「何でこんなことに、、、」
「惜しい人を亡くしました、、、」
涙する人もいたけど、私は泣く気にならない。というか、泣く必要もない。

しょせん、三人称の死。
55歳。私とタメなんですよね。
「人生、一寸先は闇なんですね。」
そうなんだけど、だからといって一人称の死には結びつかない。

大学教授という社会的役割の真っ最中。本を何冊も上梓して、弟子をたくさん抱え、the prime of life。子どもたちは立派に成人して親役割も全うしたし。

優子は45歳だった。親役割が中途半端でしょ。
40代だったら「あまりにも早すぎる死」
50代なら「あまりにも」は削除して「早すぎる死」くらいかな。
60代なら「早い死」
70代は、まあ「ふつうの死」

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先日、中学時代の恩師Y先生を尋ねた。
「肝臓がんの末期であと1年くらいだろう。」
と平気で語っていた。
傘寿も祝ったし。もうじたばた思い残すこともないんですよ。気がかりなのはこの人のことだけ。」
死の恐怖さえ克服することができれば、死と向き合うってホントは幸せな時なのかもしれない。生と向き合い、生きている実感をグイと引き寄せることができる。 
死は時限爆弾。震災や津波よりも、よっぽど確実にやってくる。でも、いつやってくるかわからないと、とりあえず先延ばしにする。
一人称の死は絶望と恐怖を、
二人称の死は悲しみを生む。
だから、考えずに先延ばしにしたくなる。でも、いつか直面する時がくる。
三人称の死は何も生まない。

中釜さんは一人称の死にどう向き合ったのだろうか?
悲しみ・恐怖・絶望は限りない苦痛だが、生きる意味にも直面する時なのだ(思考能力が保たれているという前提で)。
期間非限定のオープンな死だと、生はまだ見えてこない。
期間が限定されたクローズドな死だと、生(生きる意味)が凝縮されてぐっと濃いものになる。

「あと半年の命だったら?」
毎年はじめの授業で学生たちに投げかけていた。
・大学をやめて、世界旅行をして遊び回る。
・大切な人と一緒に過ごす。
・昔の友人に会いに行く。
・写真や思い出の品を残すために整理する。
・写真や思い出の品を処分して整理する。
・家族や恋人に「ありがとう」と言う。
・今までと変わらない毎日を過ごす。

「半年」と限定すれば人生、何が大切で何をするべきかが見えてくる。
「3年」でもよいかもしれない。
しかし、「30年」になると焦点がぼやけて見えなくなってしまう。

地位や業績や財産や人望や、、、
そんなものはどうでも良い。
量は意味を果たさなくなる。質が大切。
家族との交流。大切な人との時間が、生きる意味を創造してくれる。

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