ブログをいつも楽しみに拝見させて頂いています。
しばらく更新されていらっしゃらずどうされたかと心配しておりました。
また、再開され、ほっと致しました。
今後も楽しみに拝見させていただきます。
どうもありがとう!
読んでくれている事が、とても大きな支えになります。
優子を失ってから、たくさんの喪失・悲嘆に関する本を読んだのですけど、そのひとつ、ニーマイア編「喪失と悲嘆の心理療法:構成主義からみた意味の探求」を1年ほど前に手に取ってみたんですよ。悲嘆の心理療法は、従来、大きく空いた心の穴を埋め、もとの状態まで回復することを目標としていました。僕は社会構成主義が好きなのだけど、この本の言わんとしている事は、喪失から回復していく過程で、自己の意味と他者との関係性を再構成(作り直す)し、新たに見出すことなんです。
でも、それを読んだ1年ほど前は、始めの2-3章しか読み進めませんでした。「新たな意味」なんて考えたくなかったから。確かに、得たものはいろいろあるということはわかっていた。でも、それはあくまで突然あいた大きく深い穴を埋めるための手段にすぎず、良いことなんかじゃない。そんな風には考えたくないと、思考を停止させていました。大きなマイナスのために必死に補ったモノであり、プラスなんかじゃないと。
最近、ようやく穴はなんだかんだ言いながら、かなり埋まってきて、補ってきたモノ自体に意味があると認められるようになってきました。この1年4ヶ月体験を、UPs & DOWNsとしてまとめようかな。
The First Yearに考えていたこと
DOWNsだけだった。
UPsも見ようと思えば見えなくはなかったが、見ること、つまりそれに価値を与えることを拒否していた。
DOWNs
・今までの人生で体験したことのない深い悲しみ。優子は僕の身体の、identityの重要な一部分だった。それを失った痛み。それを想起すると圧倒的な感情に押しつぶされた。
・生活の変化。2人で切り盛りしていた家族マネージメントをひとりでやらなくてはならない。
収入の大きな部分を優子は担っていた。それがなくなった。だからといって貧しくなったわけではなにのだが、子どもたちは、「パパ、うちは大丈夫なの?」と結構心配していた。
家事(掃除、洗濯、食事、家のメンテナンス):掃除と家のメンテは確実に後退した。もともと優子がいるときでも、それほどきれいにやっていたわけではないが、さらに悪化した。洗濯⇒おばあちゃんに全面的に依存している。食事⇒朝食、弁当づくり、時間がある休日の夕食などは僕がやってるけど、それ以外はおばあちゃんにやってもらっている。
Now (The Second Year)
DOWNsとUPsの両者を客観的に考えられるようになった。
DOWNs
今までより増えることはない。一年目が、優子を失った底だった。それ以降は、もっと下がることはなく、上がることのみ。DOWNsについて、もう恐れることはない。
UPs
Survive(喪失の再構成)
生き永らえたという自信。
今までにない経験。それを経験する前は、自分がいったいどうなるのか分からなかった未体験ゾーン。それが既知のゾーンに変化した。
うつ症状、行動異常、異常思考、生活上の機能不全、家族の問題・・・何も出現しなかった。生きる気力も低下しなかった。その自身。
悲しみ・苦しみをどうにかするために、心のバランスを保とうとするために、今まで理屈では知っていて、精神科医として患者さんたちに進めてきたことを自分で総動員した。気持ちを封じ込めず、あらゆる機会を利用して表現してきた。それによって、いろんな人たちとの出会いがあった。
既知の人たちとの交流を深めた。
保育園の仲間たち。子育てという共通体験を介して、夫婦ともに築いてきた関係。優子との関係も、僕との関係も同等に(優子の方が多いかな?)あった人たち。相手も男性・女性、夫婦ペアでよく知っている。彼らとの縁を深めた。
友人たち。疎遠になっていた昔の友だちとの交流が再開した。
多くの人たちとのネットワーク。危機に陥ったからこそ、賦活できた絆。
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