北海道から戻り、ボーッとしている、、、
午後から診療だからシャンとしないといけないんだけど、それまではね。
いつもは張り切ってイケイケ元気な姿を見せてるけど、まあそこまでガンバんなくても良いのかなぁってね。
雪崩って、普通死ぬでしょ!
家族の反応が面白かった。
救急車の中から電話したのはこれで2回目だな。
由美に電話して、オレ雪崩に遭っちゃってさ!
倶知安厚生病院に運ばれるんだって!
由美が先に着いてたよ。
1回目はチャリで転んで鎖骨を折った時。妹に電話して、別に病院に来なくて良いからって伝えたけど、今回由美には来てもらったさ!
由美が心配しないように、元気そうに振舞ったさ!
東京に戻ってから子ども達には伝えた。
祐馬は「なんでもっと早く伝えてくれないの!パパはいつも無責任なんだから!!
パパが雪崩で死んても、どうしようもないじゃないの!!」
と怒り出した。
2年前、ニセコでBCが遅くなった時と同じ反応だ。
祐馬にとって、スキーで何かあって、連絡が遅くなるってのは10年前のフラッシュバックなんだよな。
息子たちも同じ体験をしたのに反応の大きさは異なる。
ちゅけとじんは、「え〜、大変だったね!」
と、まあ普通の反応というか、特に過大な反応もない。
まあガイドの責任といえばそうなんだけど。
ハイクアップして尾根に着き、ここからドロップしようとモードチェンジしていた場所でいきなり襲われたからね。ガイドは先にドロップして、さあこれから行こうとした瞬間にやられた。何が起こったのかさっぱりわからない状況で、いきなり後ろから突き飛ばされて、斜面をめちゃくちゃ流されて、太い木に引っかかって止まった。雪崩が起きたってことさえ、後から振り返ってわかったことで、その時は要するの世の中が突然メチャクチャになっただけのこと。右手と顔面は雪の上に出ていたので呼吸は問題なく窒息することもなく、同行していた功さんがすぐに駆けつけて来てくれた。体が全く動かない。足が痛い。木と雪に足が挟まれ動けない。意識ははっきりしている。功さんが雪を掻き出してくれて、なんとか態勢は立て直し、雪の上に座ったものの、ブルブル体の震えが止まらない。ドロップしたガイドのゆうき君も功さんからのトランシーバーで異変に気づき、ハーハー登り返してきてくれた。119番通報して、ターナーに連絡して素早く駆けつけてくれ、震えながら待つこと1時間(?、時間の感覚が良くわからなかったから違うかもしれない)、救急隊がたくさんやってきて(6−7人?、わからない、、、)私をグルグル巻きにして大人数で引っ張り下ろしていく。スノーボードも入らず、担架を分解して手分けして運んできてくれたのだろう。救急隊は優しく精神的動揺にも配慮して声をかけてくれる。一応、意識清明でちゃんと対応はできるのですけど、内心どれほど動揺していたのか自分さえも良くわからない。
ある程度下ろして、夏の林道まで来たらスノーモービルが待機していたらしく(ほんのちょっとの空しか見えないから、何が起きているのかさっぱりわからない)、エンジン音に引っ張られて2-30分?、次に救急車で30分程度?。
救急車でやっと由美に電話して、病院には由美が先に着いていた。
ちゃんと対応できますよ。意識清明だし、事情は説明できるし。
大腿部が痛く、気づいたら顔面も痛かった。
全身のCTを撮って脚の骨折はないが、顔面の副鼻腔の奥の骨が折れていると。それがどれほどの臨床的な意味があるか(治療が必要か否か)当直医もわからない(整形外科らしい。整形外科でもわかんないの?)ということで、一応タクシーで、と思ったらターナーが送ってくれてホテルへ。翌日、耳鼻科の外来を受診して、副鼻腔の骨折はほっておけば良いことを確認した。
まあ、怪我自体はざっとそんなもんなんですよ。
でも、それでどうなんだ?
バックカントリーは危険でいっぱいですねぇ。
そんなスポーツ、懲りてやめるべきか?
危険は避けられたのか?
少なくとも、雪崩が起きうる場所でモードチェンジしていたってことは、ガイドの判断ミスだろうけど、ゆうき君を責めるつもりはないし、そのあたりはターナーと良く反省してもらって。
私にとっての幸いは、私の体力・技術力の不足で起きた事故ではないということ。今回のはね。
なら、まだやっちゃうわけ?
そりゃそうだ、やりたいから。
でも、いつまでもこうやって自分の体力の減退を否認して、まだまだ若いんだから!!ってアピールしたいわけ?
チャリで鎖骨を折ったって、チャリを手放さなかったし。
ターナーやコッシーにガイドされたBC、時々、体力・技術力の限界を感じるときはあるわけ。そして転けたり、板を外したりということがまあ2回に1回のツアーであるよね。それは危険でしょ!
それも経験して乗り越えて、技術力・体力を向上させていくの?
それとも、それはもう限界として撤退の道を選ぶの?
そうやって、いつまでも強がっていたいわけ?
人間、強けりゃ一人でも生きていけるでしょ!?
人間、弱ければ、支えが必要なんですよ。
今回、由美がいてくれて本当に助かった。
もし、普段のツアーみたいに一人で、由美がいなかったら?
ターナーや宿の人が支えてくれた??
老いても、最期までひとりで生きてゆけるの?
そのための社会サポートでしょ?
それがアングロサクソン的な個人主義でしょ?
それが、自分と向き合うってことなの?
自分の限界に挑戦するってことなの?
それもちょっと違うような、、、
わかんね〜な〜、、、
Yuko. November 12th, 1963 to January 3rd, 2009. Died at the age of 45.
Send your message to lettertoyuko@gmail.com
Monday, March 9, 2020
Friday, January 31, 2020
11年目
忘れてたわけじゃないよ。
3日には子どもたち3人とちゃんと墓参り行ったもん!
でももうボクの気持ちの支えではなくなったんだ。
失ってから3年くらいは優子がいなくなったことを悲しんで気持ちを支えていたんだ。
と同時に新たな愛着対象を探していたんだよ。
男は、、、というかオレはよっぽど寂しがり屋だからね。
優子は「あなたならすぐ見つけるでしょ!」なんて簡単に言ってたけど、そう簡単じゃないよ。
「祐麻が良いって言えば再婚しても良いよ!」
別に子どもたちの意向の問題じゃないんだよ。
愛着の入れ替え作業はタイヘンなんだよ。
優子はそこまでわかってなかっただろ!!
リア充。
幸せが何かって、安心感に満たされることかも。
子どもたちは何とかやってるよ。
じんはボランティアに行ってるんだ。被災地とか、貧困の子どもたちに教えたりとか。
ちゅけと祐馬は言うまでもなくしっかりやっているけど、
もしかしたら一番しっかりしてるのは、一見抜けてるように見えるじんかもしれないよ。
西魔女もそう言ってたし。
ちゅけと祐馬は一見ちゃんとやっているようで、案外抜けてたりするからね。
オレだってバッチリだよ。
優子と由美を比べるつもりはない。同じ「ゆ」だからってね。
優子は過去の人。
由美は今とこれからの人。
どっちもボクにとってすっごく大切な人なんだよ。
安心できる人、愛する人がいるっていかに大切なことか。
空気(愛着)が普通に満たされていた時には、その存在の大切さに気づけないんだ。
空気を失い、息苦しくなって、ああ空気ってすごく大切なんだなって実感できるじゃん!
そう言う意味で消えてくれた優子や両親に感謝してるよ。
いや、いる時も感謝してたけどね。
空気が存在することの大切さを、もう知っちゃったから、
これからは由美を思いっきり大切にするよ!!!!
言葉に表してね!!
3日には子どもたち3人とちゃんと墓参り行ったもん!
でももうボクの気持ちの支えではなくなったんだ。
失ってから3年くらいは優子がいなくなったことを悲しんで気持ちを支えていたんだ。
と同時に新たな愛着対象を探していたんだよ。
男は、、、というかオレはよっぽど寂しがり屋だからね。
優子は「あなたならすぐ見つけるでしょ!」なんて簡単に言ってたけど、そう簡単じゃないよ。
「祐麻が良いって言えば再婚しても良いよ!」
別に子どもたちの意向の問題じゃないんだよ。
愛着の入れ替え作業はタイヘンなんだよ。
優子はそこまでわかってなかっただろ!!
リア充。
幸せが何かって、安心感に満たされることかも。
子どもたちは何とかやってるよ。
じんはボランティアに行ってるんだ。被災地とか、貧困の子どもたちに教えたりとか。
ちゅけと祐馬は言うまでもなくしっかりやっているけど、
もしかしたら一番しっかりしてるのは、一見抜けてるように見えるじんかもしれないよ。
西魔女もそう言ってたし。
ちゅけと祐馬は一見ちゃんとやっているようで、案外抜けてたりするからね。
オレだってバッチリだよ。
優子と由美を比べるつもりはない。同じ「ゆ」だからってね。
優子は過去の人。
由美は今とこれからの人。
どっちもボクにとってすっごく大切な人なんだよ。
安心できる人、愛する人がいるっていかに大切なことか。
空気(愛着)が普通に満たされていた時には、その存在の大切さに気づけないんだ。
空気を失い、息苦しくなって、ああ空気ってすごく大切なんだなって実感できるじゃん!
そう言う意味で消えてくれた優子や両親に感謝してるよ。
いや、いる時も感謝してたけどね。
空気が存在することの大切さを、もう知っちゃったから、
これからは由美を思いっきり大切にするよ!!!!
言葉に表してね!!
Tuesday, November 12, 2019
56回目の誕生日
優子、56回目の誕生日おめでとう!
もうオレ、全然ブログ書いてないし。優子に話しかけてないし。
この一年もいろんなことがあったよ。
じんは最近ずいぶん語るようになってきたぞ。今、災害ボランティアでひとりで福島に行ってるよ。あいつも成長したよ!
こないだ祐馬んとこ行ってきて、来月の卒業式には生田ばあちゃんと行ってくるよ。優子の写真も持っていくからな。ちっこいやつね。祐馬はオーストラリアを引き上げもうすぐ帰ってっくるぞ!
ちゅけは彼女と入り浸りだよ。あいつはさみしがり屋だからなぁ。
オレ、やっと再婚相手が見つかったよ。今まで苦労したけど、やっと落ち着ける人と場所が見つかったよ。さっき由美とお墓に行ってきたよ。優子はそこにいないのわかってるけど。千の風になって草津か高山のあたりを吹きわたってな!
もうオレ、全然ブログ書いてないし。優子に話しかけてないし。
この一年もいろんなことがあったよ。
じんは最近ずいぶん語るようになってきたぞ。今、災害ボランティアでひとりで福島に行ってるよ。あいつも成長したよ!
こないだ祐馬んとこ行ってきて、来月の卒業式には生田ばあちゃんと行ってくるよ。優子の写真も持っていくからな。ちっこいやつね。祐馬はオーストラリアを引き上げもうすぐ帰ってっくるぞ!
ちゅけは彼女と入り浸りだよ。あいつはさみしがり屋だからなぁ。
オレ、やっと再婚相手が見つかったよ。今まで苦労したけど、やっと落ち着ける人と場所が見つかったよ。さっき由美とお墓に行ってきたよ。優子はそこにいないのわかってるけど。千の風になって草津か高山のあたりを吹きわたってな!
Monday, December 31, 2018
二十歳の誕生日
じん、二十歳の誕生日心からおめでとう!
これで3人の子供たちは大人になった。父親としてはチョー嬉しいぞ!母親も天国で喜んでいるだろう。この半年くらいの間に、じんは随分と成熟したように思う。自分の道が見えて来たか?末っ子ポジションだとなかなか難しいよな。これからも独自の道を思いっきり進みない!父は応援しているぞ。
Monday, December 3, 2018
10年かぁ〜:なぜ頑張れたかって?
10年かぁ〜
Tikiにとってどんな10年だった?
そうねぇ。ひと言じゃ言えないなぁ...
激動の10年だったかな。
その前を10年単位で振り返ってみると、
順風満帆、とまでは言わないけど、スムーズな舗装道路を走ってきたんだよね。高速道路もかな。それが急に砂利道に突き落とされて、無理やり走ってきたって感じかな。
Tikiだってメンタル強いでしょ‼
そう、それもこの10年の成果かな。メンタルが相当強くなったってこと。
ってか、それまでは自分がメンタルが強いとか弱いとかを試すチャンスがなかったから自分のメンタルの強さなんてわかんなかったよ。
MTBの性能って、舗装道路じゃわかんないんだよ。砂利道やオフロードを挑戦して、初めて自転車の真価がわかるんだ。
今ままで、僕は舗装道路を走ってきた。早くも走れたよ。
でも、それは自転車が良いからじゃなくて、スムーズな道を与えられてきたらに過ぎないんだ。それは、自分で選んだものじゃない。両親から、周りからたまたま与えられたものなんだ。そういう意味じゃあ、僕はかなりラッキーだったのかもしれない。
でも、この程度の砂利道はいくらだってあるよ。
もっとひどい道だって世の中にはたくさんある。
進めずストップしちゃったり、こけて走れなくなる自転車もあるし、
なぜか悪路でも、乗り越えながらゆっくり進んでいる自転車だってあるんだ。すごいよね。
一番苦労しているのは、それまで舗装道路を走ってきて、急にラフ道に入っちゃった自転車ね。どう走ったら良いかわからないもん。僕もそれだったんだ。
最愛の妻を亡くして、ここまで立ち直ったんだもんねー☺️
たいしたもんだ‼
そう言ってくれる人がいるから、立ち直れたんだよ。
僕がホントに立ち直っているのかどうかって、自分ひとりじゃわかんないだよね。
自分ではちゃんとしてるつもりでいても、
「あなたは狂ってる!」
と言われれば、自分でもそうかなぁ、狂ってるなぁと思っちゃうし。
人は自分にいい加減な自信を持つべきじゃないんだよ。
Tikiは自分をもっと褒めるべきだよ。
尊敬してるよ。
ありがとう!!
そう言ってくれれば、えっ、そうだよねー、って自分にOKサインを出せるような気がするよ。
ゆみは、こんなちっぽけな僕を立ち上がらせてくれているんだよ。
僕が想像している以上にね。
だからさ。この曲を贈ったんだよ。
You Raise Me Up!
人って、いくらでもダメになることもできるし、いくらでも善くもなれるんだ。
自転車の性能って、そんなに差があるわけじゃない。自分でOKか、ダメかって、思い込んでいるだけだよ。
ゆみだって、ちゃんと自転車に乗れたじゃん!
普通の自転車のはずなのに、ラフ道にはまり込んで、走れなくなると、この自転車ダメだなって思い込んでいる。
あるいは、自分はダメだと思い込んで、思いっきりダメのシナリオを演じている人がたくさんいるよ。
一番大切なのはそうではない。
自転車自体の性能ではない。
道の選択でもない。世の中にはいくらでもラフ道はあるからね、急に現れてくる。それは避けようがないんだ。避けてれたら、前に進めなくなる。前に進まないという選択肢は危険を避けるためなんだ。
じゃ、僕がなぜがんばれたかって?
一番大切なのは、応援してくれる人の存在だよ。
大切な人。
僕の近くにいて、いつも見守ってくれている。
手を出し過ぎてお節介してくるわけじゃぁない。
黙って、信じて見守ってくれる人。
そういう人さえ確保していれば、人はいくらでも強くなれるし、自分を肯定できるし、どんな逆境でも乗り越えられるんだ。
そういう人を手繰り寄せることができた自分を、褒めてあげるよ。
Tikiにとってどんな10年だった?
そうねぇ。ひと言じゃ言えないなぁ...
激動の10年だったかな。
その前を10年単位で振り返ってみると、
- 40代の10年は子育てしたり、仕事したり、いろいろ苦労もしたけど安定していたっていうか、一定を保っていたし。
- その前の30代は、結婚したり、仕事を辞めて留学したり、就職したり、子どもが生まれたり、それこそ色んな変化があったけど、特に大きな苦労もなく淡々とこなしていたって感じかな。
- 51才からの10年間は、そりゃあ大変だったたよ。ってか、出来事の量からすれば、それ以前とそれほど変わらないんだろうけど、気持ちのアップダウンがジェットコースターみたいで目が回ったよ。
順風満帆、とまでは言わないけど、スムーズな舗装道路を走ってきたんだよね。高速道路もかな。それが急に砂利道に突き落とされて、無理やり走ってきたって感じかな。
Tikiだってメンタル強いでしょ‼
そう、それもこの10年の成果かな。メンタルが相当強くなったってこと。
ってか、それまでは自分がメンタルが強いとか弱いとかを試すチャンスがなかったから自分のメンタルの強さなんてわかんなかったよ。
MTBの性能って、舗装道路じゃわかんないんだよ。砂利道やオフロードを挑戦して、初めて自転車の真価がわかるんだ。
今ままで、僕は舗装道路を走ってきた。早くも走れたよ。
でも、それは自転車が良いからじゃなくて、スムーズな道を与えられてきたらに過ぎないんだ。それは、自分で選んだものじゃない。両親から、周りからたまたま与えられたものなんだ。そういう意味じゃあ、僕はかなりラッキーだったのかもしれない。
でも、この程度の砂利道はいくらだってあるよ。
もっとひどい道だって世の中にはたくさんある。
進めずストップしちゃったり、こけて走れなくなる自転車もあるし、
なぜか悪路でも、乗り越えながらゆっくり進んでいる自転車だってあるんだ。すごいよね。
一番苦労しているのは、それまで舗装道路を走ってきて、急にラフ道に入っちゃった自転車ね。どう走ったら良いかわからないもん。僕もそれだったんだ。
最愛の妻を亡くして、ここまで立ち直ったんだもんねー☺️
たいしたもんだ‼
そう言ってくれる人がいるから、立ち直れたんだよ。
僕がホントに立ち直っているのかどうかって、自分ひとりじゃわかんないだよね。
自分ではちゃんとしてるつもりでいても、
「あなたは狂ってる!」
と言われれば、自分でもそうかなぁ、狂ってるなぁと思っちゃうし。
人は自分にいい加減な自信を持つべきじゃないんだよ。
Tikiは自分をもっと褒めるべきだよ。
尊敬してるよ。
ありがとう!!
そう言ってくれれば、えっ、そうだよねー、って自分にOKサインを出せるような気がするよ。
ゆみは、こんなちっぽけな僕を立ち上がらせてくれているんだよ。
僕が想像している以上にね。
だからさ。この曲を贈ったんだよ。
You Raise Me Up!
人って、いくらでもダメになることもできるし、いくらでも善くもなれるんだ。
自転車の性能って、そんなに差があるわけじゃない。自分でOKか、ダメかって、思い込んでいるだけだよ。
ゆみだって、ちゃんと自転車に乗れたじゃん!
普通の自転車のはずなのに、ラフ道にはまり込んで、走れなくなると、この自転車ダメだなって思い込んでいる。
あるいは、自分はダメだと思い込んで、思いっきりダメのシナリオを演じている人がたくさんいるよ。
一番大切なのはそうではない。
自転車自体の性能ではない。
道の選択でもない。世の中にはいくらでもラフ道はあるからね、急に現れてくる。それは避けようがないんだ。避けてれたら、前に進めなくなる。前に進まないという選択肢は危険を避けるためなんだ。
じゃ、僕がなぜがんばれたかって?
一番大切なのは、応援してくれる人の存在だよ。
大切な人。
僕の近くにいて、いつも見守ってくれている。
手を出し過ぎてお節介してくるわけじゃぁない。
黙って、信じて見守ってくれる人。
そういう人さえ確保していれば、人はいくらでも強くなれるし、自分を肯定できるし、どんな逆境でも乗り越えられるんだ。
そういう人を手繰り寄せることができた自分を、褒めてあげるよ。
Sunday, November 18, 2018
55回目の誕生日
優子、55回目の誕生日おめでとう🎂🎁
じんはバイクを売って柔道部に入ったらしいが、何やってるかわからん。最近プロテインをやけに飲み始めてる。
祐馬はメルボルンでなんかめげると疲れた〜とかいって電話してくるが、何やってるかわからん。来月には帰ってくるよ。家をキレイにしないと怒られる。
ちゅけはじじばばのとこに住んで会社行き始めたが、何やってるかわからん。
僕は相変わらず海外に行きまくり、冬はスキーに行きまくってるよ。東京を引き払って群馬に移住しようと思って、準備を進めているんだ。カイもじじばばもいなくなっちゃったし、子どもたちもほぼ自立しちゃったから、あとは僕の自由にさせてもらうよ。優子には文句言わせないからな!
母へ
誕生日おめでとう!
私は東京に戻り、新社会人として元気にしているよ。
学校で研究したこととは全く違うITや金融関係の仕事だけど、とてもやりがいのある仕事だよ。
こちらは相も変わらず、父は好き勝手飛び回り、ゆまは豪州で勉強して、じんは東京の大学で学業に励んでいるみたい。近々生田のばあちゃんと会って報告会でもしようと思うよ。三浦にも遊びに行くから、またその時にでも!!
誕生日おめでとう!!
最近柔道部に入ったんだが、そこで感じたのが、ふと会社みたいだなと思った。学生それぞれが会計、部長、マネージャーとその他にも役割があって、学生自身で部を動かしているってことを入って初めて知った。それがすげー面白い(笑)。
俺も今年で20歳だが、歳を経るにつれていろいろなことが見えてきたり、考えたりすることができるようになってきたよ。あんま長々とかくつもりはないから、一言だけ言わせてもらうと、「自覚」だね〜、
自分が何をしたいのか、そのためにどう動くか、どうすれば望みの結果が出せるか、またこうやって行動すればこうなる、ああなる、その結果を考えて、自分がどうなるか、どういった自分ができるか、それは自分の望みなのか、などなど、、、、考えていくのが、まあ楽しいよね(笑)
母、大人たちにとっては、こう考えを巡らすこと自体取り止めがないというか、、、。まあこんなこと考えても、まだまだ自分は未熟だからこれから生活しながら学んでいくよ!!
何十年先か分かんないけど、逢える時を楽しみにしてるよ。
その時、胸を張って自慢できる大人でありたいね(笑)
じゃあな!
ママへ
55歳の誕生日おめでとう。10年経つなんて10年前のゆま達には現実とは遠くかけ離れたことに思えて絶対に来ないだろうと思っていたけど本当に10年経ったのね…。現実感はまだ無いけど、10年間ここまでやって来られた事、他の人の手も借りてたけど、ママ無しで家族生き延びれた事は誇りに思う。祐馬はママの遺伝子を信じながら毎日メルボルンで勉強頑張ってるよ。みんな良い友達に恵まれて、色々あるけど毎日楽しく生きてる。ママを恋しく思わない日は一生来ないだろうけど、ある意味で、ゆまのインスピレーションとしてママの事はずっと想ってる。毎日大きな影響をくれてる。
おばあちゃんと出かけると、最初は「ゆま」って呼んでたのがだんだん「優子」ってなって最後の方はずっと「優子」って呼んでくる。良いのか悪いのかちょっと複雑な気持ちだけど、ママのためにおばあちゃんにそう呼ばさせてあげてる。こうやってママ孝行してるからずっとゆまの事見てて、応援してね!!
じんはバイクを売って柔道部に入ったらしいが、何やってるかわからん。最近プロテインをやけに飲み始めてる。
祐馬はメルボルンでなんかめげると疲れた〜とかいって電話してくるが、何やってるかわからん。来月には帰ってくるよ。家をキレイにしないと怒られる。ちゅけはじじばばのとこに住んで会社行き始めたが、何やってるかわからん。
僕は相変わらず海外に行きまくり、冬はスキーに行きまくってるよ。東京を引き払って群馬に移住しようと思って、準備を進めているんだ。カイもじじばばもいなくなっちゃったし、子どもたちもほぼ自立しちゃったから、あとは僕の自由にさせてもらうよ。優子には文句言わせないからな!
Tiki
母へ
誕生日おめでとう!
私は東京に戻り、新社会人として元気にしているよ。
学校で研究したこととは全く違うITや金融関係の仕事だけど、とてもやりがいのある仕事だよ。
こちらは相も変わらず、父は好き勝手飛び回り、ゆまは豪州で勉強して、じんは東京の大学で学業に励んでいるみたい。近々生田のばあちゃんと会って報告会でもしようと思うよ。三浦にも遊びに行くから、またその時にでも!!
ちゅけ
誕生日おめでとう!!
最近柔道部に入ったんだが、そこで感じたのが、ふと会社みたいだなと思った。学生それぞれが会計、部長、マネージャーとその他にも役割があって、学生自身で部を動かしているってことを入って初めて知った。それがすげー面白い(笑)。
俺も今年で20歳だが、歳を経るにつれていろいろなことが見えてきたり、考えたりすることができるようになってきたよ。あんま長々とかくつもりはないから、一言だけ言わせてもらうと、「自覚」だね〜、
自分が何をしたいのか、そのためにどう動くか、どうすれば望みの結果が出せるか、またこうやって行動すればこうなる、ああなる、その結果を考えて、自分がどうなるか、どういった自分ができるか、それは自分の望みなのか、などなど、、、、考えていくのが、まあ楽しいよね(笑)
母、大人たちにとっては、こう考えを巡らすこと自体取り止めがないというか、、、。まあこんなこと考えても、まだまだ自分は未熟だからこれから生活しながら学んでいくよ!!
何十年先か分かんないけど、逢える時を楽しみにしてるよ。
その時、胸を張って自慢できる大人でありたいね(笑)
じゃあな!
じん
ママへ
55歳の誕生日おめでとう。10年経つなんて10年前のゆま達には現実とは遠くかけ離れたことに思えて絶対に来ないだろうと思っていたけど本当に10年経ったのね…。現実感はまだ無いけど、10年間ここまでやって来られた事、他の人の手も借りてたけど、ママ無しで家族生き延びれた事は誇りに思う。祐馬はママの遺伝子を信じながら毎日メルボルンで勉強頑張ってるよ。みんな良い友達に恵まれて、色々あるけど毎日楽しく生きてる。ママを恋しく思わない日は一生来ないだろうけど、ある意味で、ゆまのインスピレーションとしてママの事はずっと想ってる。毎日大きな影響をくれてる。
おばあちゃんと出かけると、最初は「ゆま」って呼んでたのがだんだん「優子」ってなって最後の方はずっと「優子」って呼んでくる。良いのか悪いのかちょっと複雑な気持ちだけど、ママのためにおばあちゃんにそう呼ばさせてあげてる。こうやってママ孝行してるからずっとゆまの事見てて、応援してね!!
Love, 祐馬
Wednesday, June 20, 2018
移住計画
この度は、市中引き回しの刑、大変お疲れ様でした(笑)
よってたかって、たくさん案内していただき、ありがとうございました(笑)。
このノリについていけるかが、移住成功のカギなのかな。
都会じゃあ人が多すぎる。だから、あえて人々の間隔を空けないとやってられない。
田舎ではそんなに人はいない。共同体を作るために、あえて人々のcontextを上げる。
移住フェアに行ったら、沼田、高崎、中之条の移住コーディネータたちがすぐ連帯して、LINEのグループを作って、二泊三日、連携してあっちこっちに連れて行ってくれた。彼らもまだ経験が少なく、どうやるのかお互いに様子をみたいんだろうね。他の市に行っても、ずっと付いて来た。何をやるのか興味があるんだって。
夜は街道筋のレストランで会食して。みんな車だから酒はナシで。
すごいhigh contextだよね。
僕はそういうのは好みだから、全然構わない。
しかし、都会から田舎に逃げようというのは、関係性に疲れて、もともとinsecure attachmentなのかもしれないけど、人が少ない田舎に逃げたいわけだ。
人が少ないから、返って少ない人同士が結びつこうとする。そういうのがいやなんでしょうね。それだったら都会でも田舎でも適応できないでしょ。
あと、気づいたのは、動線の違いかな。
都会の間隔だと電車がメインだが、こっちは車社会。車で動線は導かれる。
だから、上毛高原中心というのではなく、道路網を探って車でのアクセスがメインになるんだな。そっちの方向で考えてみよう。
ーーーー
僕のやろうとしていることだって、insecureをsecureにして、high contextに慣らしていこうという趣旨だから、田舎に行くと、今までとはまた新たな臨床ができるかもしれない。
---
Deltaの機内で1時間7ドルでネットを買った。
でも、回線は不安定なようだな。。。。
よってたかって、たくさん案内していただき、ありがとうございました(笑)。
このノリについていけるかが、移住成功のカギなのかな。
都会じゃあ人が多すぎる。だから、あえて人々の間隔を空けないとやってられない。
田舎ではそんなに人はいない。共同体を作るために、あえて人々のcontextを上げる。
移住フェアに行ったら、沼田、高崎、中之条の移住コーディネータたちがすぐ連帯して、LINEのグループを作って、二泊三日、連携してあっちこっちに連れて行ってくれた。彼らもまだ経験が少なく、どうやるのかお互いに様子をみたいんだろうね。他の市に行っても、ずっと付いて来た。何をやるのか興味があるんだって。
夜は街道筋のレストランで会食して。みんな車だから酒はナシで。
すごいhigh contextだよね。
僕はそういうのは好みだから、全然構わない。
しかし、都会から田舎に逃げようというのは、関係性に疲れて、もともとinsecure attachmentなのかもしれないけど、人が少ない田舎に逃げたいわけだ。
人が少ないから、返って少ない人同士が結びつこうとする。そういうのがいやなんでしょうね。それだったら都会でも田舎でも適応できないでしょ。
あと、気づいたのは、動線の違いかな。
都会の間隔だと電車がメインだが、こっちは車社会。車で動線は導かれる。
だから、上毛高原中心というのではなく、道路網を探って車でのアクセスがメインになるんだな。そっちの方向で考えてみよう。
ーーーー
僕のやろうとしていることだって、insecureをsecureにして、high contextに慣らしていこうという趣旨だから、田舎に行くと、今までとはまた新たな臨床ができるかもしれない。
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Deltaの機内で1時間7ドルでネットを買った。
でも、回線は不安定なようだな。。。。
Wednesday, May 23, 2018
安心の文脈づくり
葛藤を通り越した先にある真の安心感。
それが満たされれば、attachment systemはinactivateされる。気づかなくなる。
優子との関係がそうだった。パートナーシップってそんなもんでしょ。
家族はそうなんだ。夫婦だって、親子だって、安心できていれば空気になれる。
それが満たされていないのが、今の自分であり、多くのクライエントなんだ。
どうやってinsecureをsecureに持ち込めるか。
もともとのattachment theoryでは、それは子ども時代に作っちゃった鋳型だから、後から変えるのは無理。
そう言っちゃうと、もともこうもないでしょ。
Therapeutic Relationshipがそうでなければダメでしょ。
というか、どんな理論や技法よりも、それが一番大切なんだ。
不安に満ちた家族システムに、セラピストの暖気を送り込み、不安を安心に転換する。
そうすれば、病気なんて治っちゃうよ。
不安:Insecure attachment, Avoidant and/or Clinging attachment
Fear of Rejection。
それを安心に転換するためには、拒否・攻撃されることを恐れず、相手と関わり続けること。相手が不安を見せても、こちらは安心のコンテクストを提供し続ける。
精神病患者を恐れてはいけない。タブー視してはいけない。語り続けること。
それが人薬でしょ。
Open Dialogueがそうなんだよ。
対話を続けることのみ。
みんなが参加するんだ。
途中でバックレてはいけない。
否定してはいけない。
タブー視され、疎外され、村八分にされたクライエントを、もとの安心のサークルに呼び戻す。
それだけの話なんだよね。
ラップランドでできたなら、上毛高原でもできるよな、きっと。
そのためには、セラピストが十分な体温を維持していなければならない。
自分自身が温められていないといけない。
人に分け与えるだけの熱量を持っていないといけない。
BCガイドがそうだね。
自分だけじゃなくて、針金やザイルや熊スプレーや、ゲストを救うだけの小道具を抱えて滑るんだ。それだけ重くても、自分の滑りはちゃんと全うできなければならない。
プロはそういうもんでしょ。
それが満たされれば、attachment systemはinactivateされる。気づかなくなる。
優子との関係がそうだった。パートナーシップってそんなもんでしょ。
家族はそうなんだ。夫婦だって、親子だって、安心できていれば空気になれる。
それが満たされていないのが、今の自分であり、多くのクライエントなんだ。
どうやってinsecureをsecureに持ち込めるか。
もともとのattachment theoryでは、それは子ども時代に作っちゃった鋳型だから、後から変えるのは無理。
そう言っちゃうと、もともこうもないでしょ。
Therapeutic Relationshipがそうでなければダメでしょ。
というか、どんな理論や技法よりも、それが一番大切なんだ。
不安に満ちた家族システムに、セラピストの暖気を送り込み、不安を安心に転換する。
そうすれば、病気なんて治っちゃうよ。
不安:Insecure attachment, Avoidant and/or Clinging attachment
Fear of Rejection。
それを安心に転換するためには、拒否・攻撃されることを恐れず、相手と関わり続けること。相手が不安を見せても、こちらは安心のコンテクストを提供し続ける。
精神病患者を恐れてはいけない。タブー視してはいけない。語り続けること。
それが人薬でしょ。
Open Dialogueがそうなんだよ。
対話を続けることのみ。
みんなが参加するんだ。
途中でバックレてはいけない。
否定してはいけない。
タブー視され、疎外され、村八分にされたクライエントを、もとの安心のサークルに呼び戻す。
それだけの話なんだよね。
ラップランドでできたなら、上毛高原でもできるよな、きっと。
そのためには、セラピストが十分な体温を維持していなければならない。
自分自身が温められていないといけない。
人に分け与えるだけの熱量を持っていないといけない。
BCガイドがそうだね。
自分だけじゃなくて、針金やザイルや熊スプレーや、ゲストを救うだけの小道具を抱えて滑るんだ。それだけ重くても、自分の滑りはちゃんと全うできなければならない。
プロはそういうもんでしょ。
自由(自分でいる喜び)vs.献身(他者に必要とされる喜び)
「献身」と訳すとしっくりこないな。
Freedom vs. Commitment.
このふたつの間を行ったり来たりしている。
優子を選んだのは僕の自由意志だった。
家族を作り、commitした。家族のために献身(?)したのかな。父親役割・夫役割を必要とされることで自分が成り立ってきた。
そしたら、自由を欲しくなる。ゴルフに行ったり、スキーに行ったり、ひとりになりたい!ってね。
やっと「ひとり」になれた。
そしたら、人を求める。
いったい、どっちが欲しいのか?
Freedom vs. Commitmentという対立構造で考えたらうまく説明できないんだ。
両方とも欲しいのだと思う。
僕にとってのCommitmentは説明しやすい。
家族人(父親・夫・息子)として必要とされる喜び。
社会人(精神科医・教授・地域の人?)として必要とされる喜び。
そこに自分の存在価値(生きていることに意味があるんだよ)が生まれる。
僕にとってのFreedomって何?
自分の思いどおりになること。自分で自分の行動を選択できること。
じゃあ、思いどおりになって、何をしたいの?
〇美味しいものを食べる。
〇スキーや登山や自転車に行く。
〇旅行や海外に行く。
〇友だちと出会ったり、飲みに行ったり。
→美味しいものをひとりで食べても美味しいって言えないじゃん。「美味しいね」と言える相手がいて美味しくなるんでしょ。
→スキーや登山。大自然の中で自分の立ち位置を確認できる。mother natureとの一体感を味わえる。Backcountry Skiはホント自由だよね。大自然の中を自由に滑れる。危険だからひとりじゃ行かないけど。夏山なら仲間と行くより単独行が良い。テント場ではひとりでメシ食っても旨いかな。自転車は、ひとりでしまなみ海道やふだんの通勤チャリしても、それなりに楽しい。自分の身体と向き合えるからね。でも、イベントに参加した方が楽しいかな。別に誰かと一緒に走るわけでもないけど、周りにおんなじような人がいて、時には「がんばれ」と声を掛け合ったりする距離感が面白いかな。エイドステーションで地元のね~ちゃんから食べ物をもらうのも楽しいし。
→旅行や海外にひとりで行ったってつまらないし。一緒に行く人が欲しいし。
→友だちという意味では、一番わかりやすいのは、学会のinternational consultation groupやMen's InstituteやMKP groupだったり。そこでは、自分の内面を出し、理解し、受け止めてもらう体験。それが自分のliberationに繋がるんだ。否定されることがないというのが大切だね。
個 vs. 関係性
ということ?
自分でありたい。自由でありたい。
でも、結局自分で何をしたいかというと、関係性の中の自分を成就したいわけでしょ。
自分で自由に関係性を選べるということ?
ひとつの関係性にイヤになっちゃったら、別の関係性を選ぶってこと?
本当に安心できる関係性って、裏切られない関係性。
個を犠牲にして、関係性にcommitするっていうこと?
両者はバッティングするの?
両方を同時にうまく成就できないの?
個を求めるためにひとりっきりだと孤独でしょう。
自分の意思で、自分の求める関係性を成就できることでしょ。
自分の求める関係性とは?
自己を展開して(ありのままの自分を出して)、それをスルーせずにちゃんと受け止めてくれる他者がいること。無視しちゃいけない。否定もしない。
かといって、無条件の肯定とかいって、そのまま傷つけずにまるごと受け止めるのではなく、ちゃんと突っ込み、鎧を脱がせて、素の自分を出したうえで、それを受け止める。
だからかなり葛藤するんだよね。
葛藤を通り越した先にある真の安心感。Secure Attachmentだ。
優子との関係がそうだった。
でも、生きている時はそうは感じなかった。ずっとひっついていると、お互いを縛り合うことになってしまうのかね。離れているからこそ、真の親密性は成就できるのか?
International Consultation GroupやMen's Groupはairplane intimacy。日常生活はcommitせず、たまに会うからこそ真に向き合えるのか。
祐馬がそうだ。パパと一緒にいるのは4日が限度だそうだから。でも、時間限定でも(時間限定だからこそ)貴重な愛着だ。
子どもたちが小さい時はそうはいかない。常時一緒にいて守らねばならない。
夫婦は、安心のcontextが生まれれば、常時ひっついている必要はない。Insecureだと引っ付いて(clinging)いなければならない。それは束縛でしょ。
力の差によるcomplementary(相補的)な関係性だと、一方が成就し、もう一方は犠牲になる。Win/Winの関係にならねばいけない。その調整は難しいね。
スルーせず、ちゃんと向き合い、葛藤しても、相手を受け止められる。
そういう関係性が安心を生む。
それが家族だし、クライエントとの関係性であるべきだし、
僕が求めているFreedomと Commitmentの両立なのかなぁ。
どうやって、安心の文脈contextを作っていくか。
よくわかんなくなってきたから、とりあえずここでやめよう。
Freedom vs. Commitment.
このふたつの間を行ったり来たりしている。
優子を選んだのは僕の自由意志だった。
家族を作り、commitした。家族のために献身(?)したのかな。父親役割・夫役割を必要とされることで自分が成り立ってきた。
そしたら、自由を欲しくなる。ゴルフに行ったり、スキーに行ったり、ひとりになりたい!ってね。
やっと「ひとり」になれた。
そしたら、人を求める。
いったい、どっちが欲しいのか?
Freedom vs. Commitmentという対立構造で考えたらうまく説明できないんだ。
両方とも欲しいのだと思う。
僕にとってのCommitmentは説明しやすい。
家族人(父親・夫・息子)として必要とされる喜び。
社会人(精神科医・教授・地域の人?)として必要とされる喜び。
そこに自分の存在価値(生きていることに意味があるんだよ)が生まれる。
僕にとってのFreedomって何?
自分の思いどおりになること。自分で自分の行動を選択できること。
じゃあ、思いどおりになって、何をしたいの?
〇美味しいものを食べる。
〇スキーや登山や自転車に行く。
〇旅行や海外に行く。
〇友だちと出会ったり、飲みに行ったり。
→美味しいものをひとりで食べても美味しいって言えないじゃん。「美味しいね」と言える相手がいて美味しくなるんでしょ。
→スキーや登山。大自然の中で自分の立ち位置を確認できる。mother natureとの一体感を味わえる。Backcountry Skiはホント自由だよね。大自然の中を自由に滑れる。危険だからひとりじゃ行かないけど。夏山なら仲間と行くより単独行が良い。テント場ではひとりでメシ食っても旨いかな。自転車は、ひとりでしまなみ海道やふだんの通勤チャリしても、それなりに楽しい。自分の身体と向き合えるからね。でも、イベントに参加した方が楽しいかな。別に誰かと一緒に走るわけでもないけど、周りにおんなじような人がいて、時には「がんばれ」と声を掛け合ったりする距離感が面白いかな。エイドステーションで地元のね~ちゃんから食べ物をもらうのも楽しいし。
→旅行や海外にひとりで行ったってつまらないし。一緒に行く人が欲しいし。
→友だちという意味では、一番わかりやすいのは、学会のinternational consultation groupやMen's InstituteやMKP groupだったり。そこでは、自分の内面を出し、理解し、受け止めてもらう体験。それが自分のliberationに繋がるんだ。否定されることがないというのが大切だね。
個 vs. 関係性
ということ?
自分でありたい。自由でありたい。
でも、結局自分で何をしたいかというと、関係性の中の自分を成就したいわけでしょ。
自分で自由に関係性を選べるということ?
ひとつの関係性にイヤになっちゃったら、別の関係性を選ぶってこと?
本当に安心できる関係性って、裏切られない関係性。
個を犠牲にして、関係性にcommitするっていうこと?
両者はバッティングするの?
両方を同時にうまく成就できないの?
個を求めるためにひとりっきりだと孤独でしょう。
自分の意思で、自分の求める関係性を成就できることでしょ。
自分の求める関係性とは?
自己を展開して(ありのままの自分を出して)、それをスルーせずにちゃんと受け止めてくれる他者がいること。無視しちゃいけない。否定もしない。
かといって、無条件の肯定とかいって、そのまま傷つけずにまるごと受け止めるのではなく、ちゃんと突っ込み、鎧を脱がせて、素の自分を出したうえで、それを受け止める。
だからかなり葛藤するんだよね。
葛藤を通り越した先にある真の安心感。Secure Attachmentだ。
優子との関係がそうだった。
でも、生きている時はそうは感じなかった。ずっとひっついていると、お互いを縛り合うことになってしまうのかね。離れているからこそ、真の親密性は成就できるのか?
International Consultation GroupやMen's Groupはairplane intimacy。日常生活はcommitせず、たまに会うからこそ真に向き合えるのか。
祐馬がそうだ。パパと一緒にいるのは4日が限度だそうだから。でも、時間限定でも(時間限定だからこそ)貴重な愛着だ。
子どもたちが小さい時はそうはいかない。常時一緒にいて守らねばならない。
夫婦は、安心のcontextが生まれれば、常時ひっついている必要はない。Insecureだと引っ付いて(clinging)いなければならない。それは束縛でしょ。
力の差によるcomplementary(相補的)な関係性だと、一方が成就し、もう一方は犠牲になる。Win/Winの関係にならねばいけない。その調整は難しいね。
スルーせず、ちゃんと向き合い、葛藤しても、相手を受け止められる。
そういう関係性が安心を生む。
それが家族だし、クライエントとの関係性であるべきだし、
僕が求めているFreedomと Commitmentの両立なのかなぁ。
どうやって、安心の文脈contextを作っていくか。
よくわかんなくなってきたから、とりあえずここでやめよう。
Tuesday, May 15, 2018
山とスキー
今日、西魔女と話していて、俺にとってのスキーの意味がしみじみよく分かったよ。
小学校1-2年の頃、初めて父親と行った四万温泉スキー場。
リフトも何もない、斜面があるだけ。長靴をスキーに突っ掛けて滑った。
その後、毎冬に父と行くスキーが楽しみでしょうがなかった。
父親が僕をソトの世界に連れ出してくれた。
猪苗代スキー場で亮子を残して、父とふたりだけで上段の急斜面を降りてきたら、一人ぼっちにされた亮子が怒っていた。民宿のメシのたくあんがすごい味だった(まずかった)。
夜行で行った越後中里スキー場。母親も初めていったけど、さんざんで、二度とスキーには来なかった。
中学のブラバン部活をさぼり、顧問から非難されても、父の職場の仲間にくっ付いて八甲田スキー場に行った。ロープウェイで山頂まで登り、ガイドを付けて酸ヶ湯温泉まで滑り込んだ。初めての山スキーの雄大さ!ガイドの青森弁は理解できなかった。
中3卒業時に、確か戸隠に友だち同士で初めて行ったんだ。酒を飲んでゲロ吐いた。
高校山岳部では、よくスキーにも行ったよ。ゲレンデにテントを張って、飯を作って、かぐらと栂池だったかな。
大学に入って、平良と栂池を登り、白馬乗鞍から蓮華温泉に降りるはずが遭難して、一晩、ツエルトで過ごした。今なら捜索ものだよ。翌日が天気が良く、里に下りて来れたから良かったものの。この話は父親にはしたけど、母親にはしなかった。理解できないもの。
大学時代、父親と万座温泉スキー場に行き、久しぶりに父の滑りを見て、ああ、俺は父親を超えたなと思った。子ども時代は父親がお手本だったから、それが逆転したショックと誇りかな。
優子と付き合い始めて、結婚前にニセコ東山スキー場へ行き、まだ下手くそな優子は一番下のファミリーゲレンデしか滑れない。亡くなる前には、一番上から滑れたのに。
優子と行く前に付き合った女性たちともスキーによく行ったよ。「私をスキーに連れてって」の時代だったからね。
別荘を草津に決めたのも、温泉とスキー場があったから。
子どもたちを背負子に背負ったり、紐をつけてボーゲンをさせたり。
保育園スキーの石打国際も楽しかった。
優子を失ったのもスキー場だった(万座温泉)。
そのシーズンはさすがにスキーには行けなかった。
翌シーズン、山岳部の連中と志賀熊の湯に行ったときには、怖かったよ。オレ、スキーに戻れるかなぁって。でも、ちゃんと戻ったし、以来、毎年山岳部OBで行っている。
父親との愛着のスタートがスキーだったんだ。
高校時代もその延長で山岳部に入り、
優子との付き合いも、子どもたちとの草津も、家族スキーだった。
そして、優子をスキーで失った。
両親も失い、empty nestを埋め合わせるのもスキーだった。
今シーズンは30日以上back countryに行ったもんね。
山にいると、スキーやってると、落ち着くんだ。本当の自分に戻れる気がする。
柔道でも、アメフトでも、テニスでもなかったんだ。
僕の人生は、山とスキーを軸に回っているんだよ。
これから、残りの人生どうなるんだろう?
また、新たなスキー人生が始まるんだろうか?
三浦雄一郎みたいに、じいさんいなってもスキーをやり続けるんだろうか?
小学校1-2年の頃、初めて父親と行った四万温泉スキー場。
リフトも何もない、斜面があるだけ。長靴をスキーに突っ掛けて滑った。
その後、毎冬に父と行くスキーが楽しみでしょうがなかった。
父親が僕をソトの世界に連れ出してくれた。
猪苗代スキー場で亮子を残して、父とふたりだけで上段の急斜面を降りてきたら、一人ぼっちにされた亮子が怒っていた。民宿のメシのたくあんがすごい味だった(まずかった)。
夜行で行った越後中里スキー場。母親も初めていったけど、さんざんで、二度とスキーには来なかった。
中学のブラバン部活をさぼり、顧問から非難されても、父の職場の仲間にくっ付いて八甲田スキー場に行った。ロープウェイで山頂まで登り、ガイドを付けて酸ヶ湯温泉まで滑り込んだ。初めての山スキーの雄大さ!ガイドの青森弁は理解できなかった。
中3卒業時に、確か戸隠に友だち同士で初めて行ったんだ。酒を飲んでゲロ吐いた。
高校山岳部では、よくスキーにも行ったよ。ゲレンデにテントを張って、飯を作って、かぐらと栂池だったかな。
大学に入って、平良と栂池を登り、白馬乗鞍から蓮華温泉に降りるはずが遭難して、一晩、ツエルトで過ごした。今なら捜索ものだよ。翌日が天気が良く、里に下りて来れたから良かったものの。この話は父親にはしたけど、母親にはしなかった。理解できないもの。
大学時代、父親と万座温泉スキー場に行き、久しぶりに父の滑りを見て、ああ、俺は父親を超えたなと思った。子ども時代は父親がお手本だったから、それが逆転したショックと誇りかな。
優子と付き合い始めて、結婚前にニセコ東山スキー場へ行き、まだ下手くそな優子は一番下のファミリーゲレンデしか滑れない。亡くなる前には、一番上から滑れたのに。
優子と行く前に付き合った女性たちともスキーによく行ったよ。「私をスキーに連れてって」の時代だったからね。
別荘を草津に決めたのも、温泉とスキー場があったから。
子どもたちを背負子に背負ったり、紐をつけてボーゲンをさせたり。
保育園スキーの石打国際も楽しかった。
優子を失ったのもスキー場だった(万座温泉)。
そのシーズンはさすがにスキーには行けなかった。
翌シーズン、山岳部の連中と志賀熊の湯に行ったときには、怖かったよ。オレ、スキーに戻れるかなぁって。でも、ちゃんと戻ったし、以来、毎年山岳部OBで行っている。
父親との愛着のスタートがスキーだったんだ。
高校時代もその延長で山岳部に入り、
優子との付き合いも、子どもたちとの草津も、家族スキーだった。
そして、優子をスキーで失った。
両親も失い、empty nestを埋め合わせるのもスキーだった。
今シーズンは30日以上back countryに行ったもんね。
山にいると、スキーやってると、落ち着くんだ。本当の自分に戻れる気がする。
柔道でも、アメフトでも、テニスでもなかったんだ。
僕の人生は、山とスキーを軸に回っているんだよ。
これから、残りの人生どうなるんだろう?
また、新たなスキー人生が始まるんだろうか?
三浦雄一郎みたいに、じいさんいなってもスキーをやり続けるんだろうか?
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